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国東簡易裁判所 昭和33年(ろ)20号 判決

被告人 野地源蔵

主文

被告人を罰金三千円に処する。

右罰金を納めることができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実中暴行の点について、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は日本酒一升五合乃至二升位の飲酒量があり、曇又は雨天の日は頭痛を覚える素質を有し、これを紛らすため飲酒していたものであるが、五合以上を飲用すると自制心を失つて更に酒を欲するようになり、一升前後に達すると、他人に対し暴行し又は刃物を振り廻わすような習癖を有し、家人も常にこのことを心配し、被告人自らもそのことを自覚していたものである。従つてかような素質、習癖のある者は、その原因となる飲酒を避止するか、或は適量以上の飲酒を抑止制限して、他人の生命、身体などに危害を及ぼすことのないように、深く注意しなければならないのにかかわらず、これを怠り、昭和三三年一一月一九日正午頃から、肩書居住地のホルモン焼食堂こと熊埜御堂和典方において飲酒し始め、午後七時頃までに日本酒一升二、三合位飲酒していたが、その頃右食堂主和典が、酒中に入れた睡眠薬ニブロールベナ四錠を酒と共に服用した、(この睡眠薬は、被告人が前示習癖を出して他人に迷惑をかけることのないように、被告人を睡眠させようとして、被告人の妻が前記食堂主に依頼して服用させたものであつて、被告人はそのことを推知していて服用した)ところが間もなく睡気を催してくると共に、急に気分がいら立つて来て、悪酔に陥り、心神喪失の状態になり、午後七時二五分頃、右食堂炊事場にあつた魚庖丁を持つて食堂の表道路に出て、折柄同所附近を通行中の日隈清松に左臀部を、右庖丁で刺し、よつて全治二週間を要する切創を与えたもので、右は被告人の重大な過失に因るものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

刑法第二一一条、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号、刑法第一八条

(被告人の犯意竝びに無罪について)

本件について検察官は、判示傷害は、被告人の故意に因るものであり、且つ併合罪として、被告人は右傷害の直前、判示場所において、判示庖丁をもつて、通行中の馬場幸男の腹部を突いたが、革帯にあたり傷害するに至らなかつたとの事実について、暴行罪として起訴しているのである、そして前示証拠によると、その外形的事実を認めることができる。そこで被告人に、検察官の主張するような傷害、暴行の犯意があつたか否かについての資料を検討するに、司法巡査加藤丸美、同太田洋二、同釘宮信広の共同作成に係る現行犯逮捕手続書の第六項「逮捕時の状況」中に、「(被告人を)逮捕して主署に連行せんとしたところ、みんなが見ているところでそんなことをするな、こらえて(許しての意)くれと言つて」との記載があることから推して被告人は本件犯行直後逮捕される際にしゆうち心があつた……ひいて理非弁別の能力があつた……のではないかとの疑問を生ずる。しかし(1)司法警察員作成の実況見分書及び被告人の司法警察員に対する供述調書によると、被告人は国東警察署竝びに前記巡査加藤丸美方の近所に居住し、右加藤巡査を日頃からよく知つていたものであるにもかかわらず、前記「逮捕時の状況」中に「(被告人が)出歯庖丁を出して加藤巡査に向つて行かんとした」との記載があり、(2)日隈清松の司法警察員に対する供述調書並びに長場幸男の司法巡査に対する供述調書及び被告人の当公廷における供述を綜合すると、当時被告人は、被害者である前記日隈清松、馬場幸男に対し何の遺恨関係もなかつたばかりでなく、日頃から懇意であつたことが認められる点などを考え合わせると、本件犯行当時、被告人は悪酔に陥つて、誰彼の見境もなくなり、何の理由もなく刃物を振り廻していたこと、即ち理非弁別の能力を極めて高度に侵され、心神喪失の状況であつたものであると認められ、前記しゆうち心の発露のような言語は、単に被告人の潜在意識の一部分が、外界事象に対し反射的に活動したもので、正常なしゆうち心から出た言語ではないと認めるを相当とする、従つてこのことをもつて被告人が犯行当時心神喪失の状況になかつたものと解することはできず、他に被告人の暴行、傷害の犯意を認め得られる証拠はない。但し傷害の点については、公訴事実が同一であり、訴因変更がなくても被告人に対し不意打に不利益を蒙らせるものであるとも認められないので、判示のとおり重過失傷害の事実を認定処断したのである。しかしながら本件のような過失による暴行を処罰しなければならないとのことは、立法論としては首肯し得ないこともないが、それを罪として法定していない現行法においては科刑するに由ない。従つて本件暴行の公訴事実は、結局刑法第三九条第一項に該当するので、刑事訴訟法第三三六条に則り、被告人に対し無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決した。

(裁判官 吉松卯博)

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